”思い込み”。この言葉は現代社会に生きる私たちにとってある種、悪魔のささやきのように聞こえる。最近はコンピュータによる管理体制が整い、プログラムに沿って自動管理される社会に近付いてきている。そのため、安全と信じ込んでしまい、”もしも”という警戒感がすっかり失われてしまって、とんでもない結果を招く危険性が増大している。

回の原発もその一例で、安全神話の前に万が一に対する備えを怠り、非常用電源が水に対してあまりにも脆弱だったため、このような事態を招いてしまった。確かに想定を超える規模の震災だったことは事実である。今まで誰もが経験したことの無い地震だったことも事実だ。しかし規模は想定外でも、電気系統は水を被ればショートすることぐらい小学生でも分かることである。そんな単純な事さえ見えなくさせてしまったのが安全神話による思い込みだ。

れるのは自分の目だけであるというのは、経験を積んだ技術者がよく言う言葉だ。思い込みによる判断ではなく、自分の経験を基にした判断こそがそこを任された人間の責任であることを再確認して、これからの仕事に打ち込んでいきたいと思う。(H.F記)

 - 2011.6.1 - 



 


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